2020年05月29日

マリア様へのお手紙〜高校3年生〜

聖母月最後の週になりました。
最後の週は、高校3年生の書いた「マリア様へのお手紙」が紹介されました。

私は純心に入学して6年目です。純心での生活は、残り1年もありません。新しい環境で周りに知っている友達も少なく、不安な気持ちでいっぱいだった6年前の中学の入学式が懐かしく思います。中学から純心で過ごし、他の学校では学べないことをたくさん学ぶことができました。特に、Sr.江角の言葉が心に残りました。「何もしなければ0なのです。小さくても何かすれば、そこに何かが生まれます。人を喜ばせることができます。」この言葉は私を変えてくれました。何もしないのではなく、どんなに小さなことでもやってみようという思いを常に持つようになりました。これからも実行していきたいと思います。残りの純心生活、悔いの残らないよう過ごしていきます。どうかマリア様、私たちを見守ってください。

純心に入学して3年目を迎えました。純心に来てよかったと思えることの一つが、祈ることの大切さに気付いたことです。カトリック幼稚園だった私は、園児のころはなぜ食事の前後に祈るのか、「アーメン」って何なのかと不思議に思いつつもただ口を動かしていたように思います。しかし、今は祈りの際にたくさんの人が頭をよぎります。家族、友人、私を支えてくれている人、そして、どこかで苦しんでいる人々の姿、他の人のために祈り、自分の時間を費やすことは、とても大切なことだと感じるようになりました。今、新型コロナウイルス感染に苦しむ世界を感じます。マリア様、神様に取次ぎを願います。どうか新型コロナウイルスに立ち向かうすべての人々に勇気と力を与えてください。そして、世界中の人々に感染におびえる心から出る誹謗や中傷に心を奪われることなく、温かい心を持つことができるよう愛をお与えください。


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posted by 鹿児島純心女子中学・高等学校 at 19:56| 純心の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月28日

異文化理解〜『アルバトロス』という架空の国を体験して〜

5月27日(水)、英語コース1年生では、鹿児島純心女子大学の川上典子先生をお招きして、「異文化理解講座―アルバトロス、英語に学ぶ意義」を受講しました。
『アルバトロス』という架空の国を体験することで、異文化を理解し、お互いの文化を尊重する心を育むことで、英語を学ぶ必要性を学ぶという1年生で必ず行う異文化理解講座です。
受講した生徒は、
「アルバトロスみたいに言語を話さなくても、アイコンタクトやジェスチャーで相手に分かるんだなと思った。」
「一つ一つの仕草や表情にも意味があることが分かった。」
と、アルバトロスを体験することで、異文化理解を深めていたようでした。
また、
 「英語の学習をすることで、自分の将来につなげることができるし、たくさんの国の人々ともコミュニケーションを取ることができるので、とても楽しいと思いました。」
 「将来に生かせる学び方をしようと思った。」
など、英語を学ぶ意欲も高まった講座となったようでした。


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posted by 鹿児島純心女子中学・高等学校 at 19:48| 純心の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月27日

放送朝礼〜夢は何ですか?〜

5月27日(水)、本来なら中高合同で体育館に集まって、合同朝礼を行う日ですが、新型コロナウイルス感染症対策のため、放送で朝礼が行われました。

今日は藤崎教頭のお話。初めに、「あなたの夢は何ですか?」という質問で、お話は始まりました。
お話の一部を紹介します。
『さて、今日は東南アジアの人々の話をしたいと思います。日本の印象はどうかというと、大変良いようです。第2次世界大戦や東日本大震災で色んなものを失っても、国民が結束し、見事に復興したということで、大変尊敬してくれています。また、たくさんの自動販売機や普通に外に配置されていても安全だと、素晴らしい国民性だと言ってくださいます。一方で、残念なことがあります。国際的な若者のアンケートで、「親を尊敬しますか?」という問いに、日本は30%。世界の平均は9割近いようです。
最初のお話は、カンボジアでNPO法人を推進している方から聞いた話です。カンボジアではゴミ捨て場に3万人がすんでいらっしゃいます。有毒ガスは発生し、学校には行けない子どもたち。大型トラックにひかれたり、風邪などのちょっとした病気、あるいは、交通事故で死ぬことが多いそうです。誠に残念なことですが、15歳まで生きるのは、3名に1名。さて、「あなたの夢は何ですか?」先ほどの質問です。これをNPO法人の方が現地のある少女に話をしたそうです。少女の答えは、「大人になるまで、生きること。」なんとつらい質問をしたのでしょう。その方は、そのあと「お弁当があるから、一緒に食べよう。」とお誘いしたそうです。でも、なかなか食べないんです。嫌いなものがあるのかなぁと不思議に尋ねたところ、口を開きました。「親や兄弟に持ち帰りたい。私だけがこんなご馳走を食べるわけにはいかない。」と言ったそうです。カンボジアでは、水道関係もよくあいません。だから、NPO法人の方は井戸を掘るボランティアをされたそうです。すると、お返しするものがないということで、考えたのが1日中伝統芸能をして、感謝の気持ちを表してくださったそうです。とにかく11億人くらいの人が世界で今泥水を飲んで生きているということです。
次は、私の友人から聞いたミャンマーの話をします。民俗学を研究していまして、現地にもう何十回か足を運んでいます。彼はお世話になったお返しにと、学校を作ることにいたしました。実は、ミャンマーでは行政は学校を作ったら、先生方を派遣してくれます。でも学校は自分たちで建てなければいけないんです。それで、子どもたちが村の大人たちと一緒に、学校も建てます。でも、学校はすごいんです。学校で大切にしていることは、大きく2点あります。1点目は子どもの大人に対する礼儀から教えます。2点目、幼いときに我慢を教えます。1時間でも2時間でも背筋を伸ばして先生方の話を聞くことを徹底するそうです。それから、お手伝いという言葉はないそうです。それは“私の仕事”。我々がお手伝いだと思っているのは、現地の子どもたちは“私の仕事”と考えているそうです。5歳になったら、仕事をすることで親の気持ちがわかる。父母を尊敬している、だから1人分の弁当も持ち帰ったあの少女の気持ちが今わかるような気がします。親にも食べてもらいたい!ということです。
ノーベル平和賞のマララ・ユスフザイさんが素晴らしい言葉を述べられました。「教育こそ、貧困から脱却する唯一の手段である。」私たちが学ぶことは大切だということがよくわかります。
 最後に、自分たちの生活に置き換えて考えたいと思います。コロナウイルスの感染防止のために、私たちの学校はずいぶん長い間、休校になりました。このことにより、色々なことを学びました。特に、日常を当たり前としか思わないことは愚かかもしっれない。当たり前の大切さがよくわかりました。ありがたいと感謝する心を学びました。幸せとはモノや量ではなく、感じる心、学べること、それから分け合うこと、人を尊敬する心、そういうことを自然にできることではないでしょうか。最も大切なボランティアは、自分自身が一生懸命生きることかもしれません。身近なことに置き換えると、真剣に学ぶこと、自分から見つけて周りの方々に挨拶をすること、作業時間も工夫をして一生懸命やることなど、自分に恥ずかしくない自分の生き方ができたらいいですね。
 さぁ、今日もまた一緒に頑張りましょう!』


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posted by 鹿児島純心女子中学・高等学校 at 19:22| 純心の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする